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『INDUST』2020年5月号 No.391

廃掃法とともに50年

12月25日に廃棄物処理法が誕生から半世紀を迎える。六価クロム、ダイオキシン、香川県の豊島不法投棄、PCB廃棄物など様々な問題によって法律が改正されるたびに産廃処理の規制、監督が強化され、産廃処理業界は淘汰され同時に発展してきた。同法とともに歩んできた企業もすでに創業、設立から50年を迎えているが、産廃処理業界が悪とされてきた時代を生き抜いたその歩みは順風満帆ではなかっただろう。5月号では創業または設立50年を迎える、またはすでに50年を超えた企業に自社の歩みを振り返ってもらい、各社の軌跡から今後の資源循環ビジネスに活かせるものは何かを探る。

特集

  • 仙台市の廃棄物処理を支えて
    協業組合仙台清掃公社 
    理事長 山田 政彦

    1969 年に創業した協業組合仙台清掃公社はおかげさまで今年4月に創業51周年を迎えた。この間、地域に密着しながらし尿の汲み取り作業、一廃廃棄物、産業廃棄物の収集運搬業、リサイクル業と業態を変化、進化させ今日に至っている。創業当時から振り返ってみたい。


  • 廃棄物処理事業半世紀を振り返って
    株式会社京葉興業 
    執行役員 三浦 義博

    過去を振り返ると、感染性や伝染病に関連した事例は数多い。また近年の激甚化した災害による事案とともに大変な世の中となっているが、環境行政ならびに廃棄物処理業界におけるこれまでの積み重ねた経験を反映し、新たな対策等の推進により難局を乗り越え、事態の早期沈静化に向けて業界全体で取り組まなければならない。このような情勢の中、弊社においては会社設立55周年を迎えており、創業より環境法令に追従した歩みと廃棄物関連法の変遷を回顧しご紹介させていただく。


  • 業界のブランディングが重要
    仲田総業株式会社 
    代表取締役社長 仲田 陽介

    弊社、仲田総業は関連会社とともに仲田グループとして一般廃棄物および産業廃棄物の収集運搬・中間処理・リサイクルを中心に、建築物解体業、総合ビルメンテナンス業、機密文書出張処理サービスを展開している。創業は廃棄物処理法ができる2年前となる1968 年の11 月25 日、栃木県宇都宮市に宮清掃として家庭ごみの収集運搬の委託業務を目的に事業をスタートした。
    現在、創業51 年だ。


  • 廃掃法と共に歩んだ50年
    杉田建材株式会社 
    代表取締役 杉田 一夫

    杉田建材の歴史は、今から遡ること50年前に初代代表の杉田守康が、建材販売を目的に1969 年12 月に杉田建材有限会社を 設立したことから始まる。その1 年後に廃掃法が公布されることになるが、創業時は廃棄物と全く無縁だったので、この新たな 法律と長い付き合いになるとは、その時は知る由もなかった。


  • 弱者が損をする時代から正直者が光り輝く時代へ
    加藤商事株式会社 
    代表委取締役 加藤宣行

    廃棄物処理法制定から50 年ということで、改めて歴史を辿りながら私の考えを述べてみたいと思う。
     私は、1967 年5月4日東京都東村山市にある加藤商事株式会社の当時社長、加藤実の次男として産まれた。加藤商事は45年に私の祖父、加藤長次郎が埼玉県で創業した会社であるが、60 年に東村山市に構えていた営業所を独立させ現在は私、加藤宣行が代表を務めている。


  • 処理業からリサイクル業、そして製造業へ
    株式会社タケエイ 
    代表取締役会長 三本 守

    当社が建設系産業廃棄物処理業を始めたのは1968 年、前身である「武栄(たけえい)土木」を藤本武志氏が設立した翌年のことだ。当時は「日本列島改造論」をい風にした空前の建設ラッシュ。日々大量に発生する建設廃材を回収する専門業者がまだ存在しないことに着目し、事業化に取り組んだ。


  • 「とっても頑固なゴミ屋さん!!」――国内外の環境保全に貢献――
    加山興業株式会社 
    代表取締役 加山順一郎

    当社は1961 年、私の祖父にあたる加山勇雄が愛知県警を退官し加山興業株式会社を設立した。設立の10 年前に前身である 加山組を始めたことから創業は1951 年となる。父昌弘(現会長)が22 歳の時に祖父が病に倒れ、それ以降社長業を引き継いだ。

  • 限りある資源を子どもたちに…
    私たちは『持続可能な資源循環型社会の実現』にチャレンジします
    株式会社国中環境開発 
    代表取締役社長 國中賢一

    私たち国中環境開発は、大阪市の廃棄物処理事業を営む会社として産声を上げた。創業当時の日本は、まだ戦後の影響が残っており、国民は食べること、国土を復興させることに手一杯で、多少の環境悪化については黙認されていた。いわゆる、大量生産、大量消費の時代であったが、廃棄物処理業を営む実感から間もなく訪れるであろう環境汚染問題の到来を感じとっていた。

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